俺___長門アキが住んでいる町には不思議な郵便局がある。なんでも、そこに手紙を出すと、自分が死んだ時に相手に届けてくれるらしい。いわば遺書のようなものだ。その郵便局の利用者は多く、この町のおよそ8割の人間がその郵便局に手紙を一度は出している。誰がいつから始めたかはわからないが、昔からあるらしい。木製の床の軋む音がそれを物語っている。俺は今、そこにいる。ある人に宛てた手紙を出すために___
俺とシュウは幼なじみで、毎日のように遊んでいた。くだらないことでケンカして、くだらないことで笑い合った。嬉しいことも、イラついたことも、悲しいことも、楽しいことも、全部シュウと分け合った。シュウは俺の片割れみたいな存在だった。それは高校生になった今でも変わらない。シュウはサッカー、俺はテニスと部活は違うが、互いが休みの日は必ずと言っていいほど遊んでいる。それくらい、俺とシュウは仲が良かった。
そんなある日、シュウとケンカした。本当にくだらないことだった。楷書と行書、どちらの方が美しいかなど、人それぞれだろうに。ちなみに俺は楷書の方が美しいと思っている。いつものように「もう二度と話さねー!」と互いに言い捨て、それぞれの家の玄関をくぐった。ドアは乱暴に閉める。だけど次の日は同時に家を出て、「おはよう。昨日はごめんな」って笑い合って一緒に登校する。いつもそうして仲直りしてきた。だから、明日もそうなのだろうと思っていた。
しかし次の日、シュウは学校に来なかった。次の日も、その次の日も、シュウは学校に来なかった。シュウが学校を休むのは珍しくない。彼は持病を患っており、定期検査のため度々学校を休むのだ。そうだとわかっていてもとてつもない不安と激しい後悔に襲われた。ケンカをした直後だからかもしれない。でも俺とシュウのケンカなど日常茶飯事だ。くだらないことでケンカして、翌朝には仲直りする。だから今回も、明日にはケロッとした顔で「ごめんな」って笑いかけてくれる。そう思っている。思っているのに。シュウはもう戻ってこないんじゃないか。あれが最期の会話になってしまうんじゃないか。予感に近い不安が俺の頭を埋め尽くす。授業は全く頭に入らず、部活も全く集中できず、見兼ねた俺の友人から「あとから先輩に報告しとくからもう帰れ。そしてゆっくり寝ろ」と言われ、俺は帰路についた。家の玄関を開けた瞬間、母が俺に抱きついてきた。そして、しゃくりを上げながら俺の一番聞きたくなかった言葉を告げた。
「あのねっ、隣のシュウくん、いきなり、発作を起こしてっ、」
*****
「おぉ!俺のお見舞いに来てくれたのか!」
夕焼けの色に染まった、元は白いはずの病室に彼は居た。リクライニングベッドを起こし、読書中だったのか手には本を持っている。ドアを開ける直前まであった不安や後悔は、シュウの顔を見た瞬間飛んでいき安心へと変わった。途端、急に足の力が抜け、俺はドアにもたれかかるように座り込んでしまった。シュウが心配そうな顔で見つめる。いや、案外俺の方が心配そうな顔をしていたのかもしれない。シュウの顔を見ただけでこの有様なのだから。俺の中でどれだけシュウが大切な存在かを改めて実感した。
脚にしっかり力を入れ、真っ白な病室の床に手をつき立ち上がる。そしてシュウのそばまで行き、頭を勢いよく下げた。
「シュウ、この前はごめん‼またいつもみたいに仲直りできると思って意地張った。だから次の日学校にシュウがいなくて、すげぇ不安になった。もうこのままシュウに会えないんじゃないかって。ケンカしたこと、後悔した。本当にごめん」
顔を下げているため、シュウがどんな顔をしているのかがわからない。……遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。それくらいの静寂が病室を包む。だから、シュウの失笑は狭い病室の中でより大きく響いた。思わず顔を上げると、シュウは笑いをこらえるように顔を手で覆っていた。それでも肩は震えていたし、しまいには耐え切れないと大声で笑った。俺が呆気にとられていると、ある程度笑いきって満足した表情のシュウが、こぼれそうだった涙を拭いながら言った。
「何深刻になってんのさ。俺が発作起こすなんてよくあることだろ。大丈夫。俺はそんな簡単に死んだりしないから。安心しな」
シュウはもう一度ハッハッハと快活に笑うと、フッと真顔に戻り窓の向こうを見つめた。夕焼け色に染まる空にシュウが溶けて消えてしまう気がして、俺は思わず「シュウ」と声を掛けた。しかしその声とシュウの「俺さ」が重なり、シュウに俺の呼びかけは届かなかった。そのままシュウは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「本当は怖かった。さっきは簡単に死んだりしないとか言ったけど、発作が起こった直後は頭ン中『死』って文字で埋め尽くされてた。そしてアキと同じで、ケンカしたこと後悔した。もう二度と会えなくなるんじゃないかって不安になった。初めて、強く『生きたい』って願った。だから俺は助かったんだと思う。今ここでこうして座っていられるのはアキのお陰なんだ。ありがとう」
振り向いたシュウは笑顔で、瞳を少し濡らしていた。それにつられて俺も笑い、少し泣いた。きっとシュウの不安は俺の比じゃないだろう。それでも明るくいつも通り「おぉ!」なんて言って迎えてくれたシュウは、やはり俺の大切な幼馴染で親友で片割れだ。感謝を伝えたいのはこっちの方だ。俺は目元を拭い、優しく微笑んで言った。
「俺の方こそ、いつもありがとう。シュウ」
それから俺たちはとりとめのない話を小一時間ほどし、「じゃあ、また」と手を振り合った。別れ際、シュウがもう一度「ありがとう」と呟いた。俺はそれに笑って答え、病院を後にした。西の空は赤色から黄色に変わっており、一番星が輝いていた。その日は妙に肌寒かったのを覚えている。
次の日、シュウは死んだ。容態が急変し、そのまま息を引き取ったらしい。棺の中のシュウは、あまりに穏やかに笑っており、今にでも起きだしそうな気がした。しかし白ユリを棺に入れた時に触れた肌の冷たさが、シュウがもう起きないことを語っていた。上手く涙も流せないまま俺は家に帰った。そしてその気持ちを引きずったまま一週間が過ぎた。何もする気が起きずベッドに寝転んでいると、母が「あんたに手紙届いてたわよ」と両手に抱えた大量の便箋を机の上にぶちまけた。その中から適当に一枚手に取り、送り主を確認し……俺は目を見張った。
送り主は、シュウだった。
混乱する頭のまま封を切り、俺は中身を読み始めた。
『長門 アキへ
この間は本当にごめん。きのこもたけのこも、どっちも美味しいのにたけのこの方が美味いとか意地張った。きのこも同じくらい美味いのにな。本当にごめん。
この手紙読んでるってことは、俺はもうアキの前からいなくなったってことだな。急にいなくなったりしてごめんな。俺のことだから、ろくにさよならも言えずいなくなったんだろう。本当はアキに伝えたいこといっぱいあるのに、何一つ伝えられないままいなくなるのは俺が嫌だ。だから、もし伝えられなかった時のためにこの手紙に俺の気持ちを記した。どうか最後まで読んでくれ。
アキ、お前とは本当に幼い頃からの仲だったな。しょっちゅうケンカして、二度と口聞かねー!とか言ってたくせに次の日になるとケロッとした顔で遊ぼーなんて言ってさ。それは今でも変わらないけど。小、中、高と学校が変わって周りの環境が変わってもアキと変わらない関係でいれたこと、幸せだったよ。嬉しいことも、イラついたことも、悲しいことも、楽しいことも、全部アキと分け合った。アキはどう思ってたかわからないけど、俺はアキの事俺の片割れみたいな存在だと思ってる。決して欠けてはいけない、大切な存在。そう思えるほどの素晴らしい人___アキに出会えたこと、俺は誇りに思う。こんな短い人生だったけど、本当に幸せでした。アキのお陰だ。ありがとう。
アキはどうか長生きしろよ。俺の分までしっかり生きるんだ。雲の上から、見守ってる。
ありがとう。さようなら。
水脇 シュウ』
きのことたけのこのケンカなんて、いつしたっけな。もう覚えてない。ケンカなんて毎日のようにしてたから……まさか。
俺は急いで体を起こし、全ての封を切って中身を確認した。やはりそうだ。シュウはケンカするごとに手紙を書いている。どうやらそれは高校生になってから始めたようだった。小さなちゃぶ台が一杯になるほどの便箋の数だけケンカをしたのか。しかも高校生になってからだけで。それに呆れたと同時に、シュウの想いの大きさを知った。アイツ、本当に友達想いで良いヤツだったんだと今更だが改めて思った。一番最近の手紙は、あの日の手紙だった。あの、楷書と行書のケンカの時のヤツだ。その手紙にも同じようなことが書かれていた。しかし、最後の別れの文章に今までに書かれていなかったことが書かれていた。
『アキ、幸せになれよ。』
恐らくシュウは薄々わかっていたんだ。もう長くはないってこと。だから最後の手紙にだけこんなことを書いたのだ。だから最後の手紙の便箋は、俺とシュウの好きなグリーンなんだ。幸せになれ、なんて無責任なこと書きやがって。お前がいなくなった世界でどうやって幸せになれっていうんだよ。お前がいないと、俺、毎日が楽しくねぇんだ。片割れは欠けちゃいけない存在なんだよ。何早々に欠けてんだよ。心の中で思いつく限りの悪態をついた。しかしそれでも涙は溢れて止まらなかった。シュウがこの世を去って一週間、やっとそのことを受け入れられた。俺は声をあげて、子どもみたいに泣いた。窓の外で星が一つ流れた。
*****
それから月日が流れ、俺は再びこの町に戻ってきた。新しい家族と生まれ育ったこの大好きな町で暮らすためだ。引っ越しの片付けもそこそこに、俺の足は噂の郵便局へ向かっていた。ある人への___シュウへの手紙を届けるために。実はこの郵便局にはもう一つ噂がある。なんでも、死んだ人に一度だけ手紙を送れるそうだ。普段ならこの手のことは信じないが、今はそんなことどうだっていい。届くと信じていれば届くさ。どんな想いも。
「すいません、手紙を届けてほしいんですけど……」
カウンターに座っていた人に声を掛け、俺は驚いた。なんと、それは少年だった。
「はい。あて先はどちらですか?」
「あの、天国に送れますか?」
少年は一瞬顔を上げ、こくりと頷いた。
「長門アキ様でよろしいですか?」
「は、はい」
「以前天国に送ったことは……ないですね。はい。大丈夫です。」
パソコンの画面を見ながら少年は答え、グリーンの便箋を丁寧に受け取った。
「水脇シュウ様に、ですね。確かにお預かりいたします。」
この手紙が届くかどうかはわからない。しかし届かなくても問題はない。何故なら、手紙にはたった一言、
『シュウ、俺は今幸せだよ』
としか書いていないのだから。シュウは雲の上から見守ると言った。だからきっと今俺が幸せなのはわかっていると思う。
なぁ、シュウ。見ているんだろう?
お前の分まで生きて、幸せになるからな。
シュウの返事が、聞こえた気がした。
俺とシュウは幼なじみで、毎日のように遊んでいた。くだらないことでケンカして、くだらないことで笑い合った。嬉しいことも、イラついたことも、悲しいことも、楽しいことも、全部シュウと分け合った。シュウは俺の片割れみたいな存在だった。それは高校生になった今でも変わらない。シュウはサッカー、俺はテニスと部活は違うが、互いが休みの日は必ずと言っていいほど遊んでいる。それくらい、俺とシュウは仲が良かった。
そんなある日、シュウとケンカした。本当にくだらないことだった。楷書と行書、どちらの方が美しいかなど、人それぞれだろうに。ちなみに俺は楷書の方が美しいと思っている。いつものように「もう二度と話さねー!」と互いに言い捨て、それぞれの家の玄関をくぐった。ドアは乱暴に閉める。だけど次の日は同時に家を出て、「おはよう。昨日はごめんな」って笑い合って一緒に登校する。いつもそうして仲直りしてきた。だから、明日もそうなのだろうと思っていた。
しかし次の日、シュウは学校に来なかった。次の日も、その次の日も、シュウは学校に来なかった。シュウが学校を休むのは珍しくない。彼は持病を患っており、定期検査のため度々学校を休むのだ。そうだとわかっていてもとてつもない不安と激しい後悔に襲われた。ケンカをした直後だからかもしれない。でも俺とシュウのケンカなど日常茶飯事だ。くだらないことでケンカして、翌朝には仲直りする。だから今回も、明日にはケロッとした顔で「ごめんな」って笑いかけてくれる。そう思っている。思っているのに。シュウはもう戻ってこないんじゃないか。あれが最期の会話になってしまうんじゃないか。予感に近い不安が俺の頭を埋め尽くす。授業は全く頭に入らず、部活も全く集中できず、見兼ねた俺の友人から「あとから先輩に報告しとくからもう帰れ。そしてゆっくり寝ろ」と言われ、俺は帰路についた。家の玄関を開けた瞬間、母が俺に抱きついてきた。そして、しゃくりを上げながら俺の一番聞きたくなかった言葉を告げた。
「あのねっ、隣のシュウくん、いきなり、発作を起こしてっ、」
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「おぉ!俺のお見舞いに来てくれたのか!」
夕焼けの色に染まった、元は白いはずの病室に彼は居た。リクライニングベッドを起こし、読書中だったのか手には本を持っている。ドアを開ける直前まであった不安や後悔は、シュウの顔を見た瞬間飛んでいき安心へと変わった。途端、急に足の力が抜け、俺はドアにもたれかかるように座り込んでしまった。シュウが心配そうな顔で見つめる。いや、案外俺の方が心配そうな顔をしていたのかもしれない。シュウの顔を見ただけでこの有様なのだから。俺の中でどれだけシュウが大切な存在かを改めて実感した。
脚にしっかり力を入れ、真っ白な病室の床に手をつき立ち上がる。そしてシュウのそばまで行き、頭を勢いよく下げた。
「シュウ、この前はごめん‼またいつもみたいに仲直りできると思って意地張った。だから次の日学校にシュウがいなくて、すげぇ不安になった。もうこのままシュウに会えないんじゃないかって。ケンカしたこと、後悔した。本当にごめん」
顔を下げているため、シュウがどんな顔をしているのかがわからない。……遠くでカラスの鳴く声が聞こえる。それくらいの静寂が病室を包む。だから、シュウの失笑は狭い病室の中でより大きく響いた。思わず顔を上げると、シュウは笑いをこらえるように顔を手で覆っていた。それでも肩は震えていたし、しまいには耐え切れないと大声で笑った。俺が呆気にとられていると、ある程度笑いきって満足した表情のシュウが、こぼれそうだった涙を拭いながら言った。
「何深刻になってんのさ。俺が発作起こすなんてよくあることだろ。大丈夫。俺はそんな簡単に死んだりしないから。安心しな」
シュウはもう一度ハッハッハと快活に笑うと、フッと真顔に戻り窓の向こうを見つめた。夕焼け色に染まる空にシュウが溶けて消えてしまう気がして、俺は思わず「シュウ」と声を掛けた。しかしその声とシュウの「俺さ」が重なり、シュウに俺の呼びかけは届かなかった。そのままシュウは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「本当は怖かった。さっきは簡単に死んだりしないとか言ったけど、発作が起こった直後は頭ン中『死』って文字で埋め尽くされてた。そしてアキと同じで、ケンカしたこと後悔した。もう二度と会えなくなるんじゃないかって不安になった。初めて、強く『生きたい』って願った。だから俺は助かったんだと思う。今ここでこうして座っていられるのはアキのお陰なんだ。ありがとう」
振り向いたシュウは笑顔で、瞳を少し濡らしていた。それにつられて俺も笑い、少し泣いた。きっとシュウの不安は俺の比じゃないだろう。それでも明るくいつも通り「おぉ!」なんて言って迎えてくれたシュウは、やはり俺の大切な幼馴染で親友で片割れだ。感謝を伝えたいのはこっちの方だ。俺は目元を拭い、優しく微笑んで言った。
「俺の方こそ、いつもありがとう。シュウ」
それから俺たちはとりとめのない話を小一時間ほどし、「じゃあ、また」と手を振り合った。別れ際、シュウがもう一度「ありがとう」と呟いた。俺はそれに笑って答え、病院を後にした。西の空は赤色から黄色に変わっており、一番星が輝いていた。その日は妙に肌寒かったのを覚えている。
次の日、シュウは死んだ。容態が急変し、そのまま息を引き取ったらしい。棺の中のシュウは、あまりに穏やかに笑っており、今にでも起きだしそうな気がした。しかし白ユリを棺に入れた時に触れた肌の冷たさが、シュウがもう起きないことを語っていた。上手く涙も流せないまま俺は家に帰った。そしてその気持ちを引きずったまま一週間が過ぎた。何もする気が起きずベッドに寝転んでいると、母が「あんたに手紙届いてたわよ」と両手に抱えた大量の便箋を机の上にぶちまけた。その中から適当に一枚手に取り、送り主を確認し……俺は目を見張った。
送り主は、シュウだった。
混乱する頭のまま封を切り、俺は中身を読み始めた。
『長門 アキへ
この間は本当にごめん。きのこもたけのこも、どっちも美味しいのにたけのこの方が美味いとか意地張った。きのこも同じくらい美味いのにな。本当にごめん。
この手紙読んでるってことは、俺はもうアキの前からいなくなったってことだな。急にいなくなったりしてごめんな。俺のことだから、ろくにさよならも言えずいなくなったんだろう。本当はアキに伝えたいこといっぱいあるのに、何一つ伝えられないままいなくなるのは俺が嫌だ。だから、もし伝えられなかった時のためにこの手紙に俺の気持ちを記した。どうか最後まで読んでくれ。
アキ、お前とは本当に幼い頃からの仲だったな。しょっちゅうケンカして、二度と口聞かねー!とか言ってたくせに次の日になるとケロッとした顔で遊ぼーなんて言ってさ。それは今でも変わらないけど。小、中、高と学校が変わって周りの環境が変わってもアキと変わらない関係でいれたこと、幸せだったよ。嬉しいことも、イラついたことも、悲しいことも、楽しいことも、全部アキと分け合った。アキはどう思ってたかわからないけど、俺はアキの事俺の片割れみたいな存在だと思ってる。決して欠けてはいけない、大切な存在。そう思えるほどの素晴らしい人___アキに出会えたこと、俺は誇りに思う。こんな短い人生だったけど、本当に幸せでした。アキのお陰だ。ありがとう。
アキはどうか長生きしろよ。俺の分までしっかり生きるんだ。雲の上から、見守ってる。
ありがとう。さようなら。
水脇 シュウ』
きのことたけのこのケンカなんて、いつしたっけな。もう覚えてない。ケンカなんて毎日のようにしてたから……まさか。
俺は急いで体を起こし、全ての封を切って中身を確認した。やはりそうだ。シュウはケンカするごとに手紙を書いている。どうやらそれは高校生になってから始めたようだった。小さなちゃぶ台が一杯になるほどの便箋の数だけケンカをしたのか。しかも高校生になってからだけで。それに呆れたと同時に、シュウの想いの大きさを知った。アイツ、本当に友達想いで良いヤツだったんだと今更だが改めて思った。一番最近の手紙は、あの日の手紙だった。あの、楷書と行書のケンカの時のヤツだ。その手紙にも同じようなことが書かれていた。しかし、最後の別れの文章に今までに書かれていなかったことが書かれていた。
『アキ、幸せになれよ。』
恐らくシュウは薄々わかっていたんだ。もう長くはないってこと。だから最後の手紙にだけこんなことを書いたのだ。だから最後の手紙の便箋は、俺とシュウの好きなグリーンなんだ。幸せになれ、なんて無責任なこと書きやがって。お前がいなくなった世界でどうやって幸せになれっていうんだよ。お前がいないと、俺、毎日が楽しくねぇんだ。片割れは欠けちゃいけない存在なんだよ。何早々に欠けてんだよ。心の中で思いつく限りの悪態をついた。しかしそれでも涙は溢れて止まらなかった。シュウがこの世を去って一週間、やっとそのことを受け入れられた。俺は声をあげて、子どもみたいに泣いた。窓の外で星が一つ流れた。
*****
それから月日が流れ、俺は再びこの町に戻ってきた。新しい家族と生まれ育ったこの大好きな町で暮らすためだ。引っ越しの片付けもそこそこに、俺の足は噂の郵便局へ向かっていた。ある人への___シュウへの手紙を届けるために。実はこの郵便局にはもう一つ噂がある。なんでも、死んだ人に一度だけ手紙を送れるそうだ。普段ならこの手のことは信じないが、今はそんなことどうだっていい。届くと信じていれば届くさ。どんな想いも。
「すいません、手紙を届けてほしいんですけど……」
カウンターに座っていた人に声を掛け、俺は驚いた。なんと、それは少年だった。
「はい。あて先はどちらですか?」
「あの、天国に送れますか?」
少年は一瞬顔を上げ、こくりと頷いた。
「長門アキ様でよろしいですか?」
「は、はい」
「以前天国に送ったことは……ないですね。はい。大丈夫です。」
パソコンの画面を見ながら少年は答え、グリーンの便箋を丁寧に受け取った。
「水脇シュウ様に、ですね。確かにお預かりいたします。」
この手紙が届くかどうかはわからない。しかし届かなくても問題はない。何故なら、手紙にはたった一言、
『シュウ、俺は今幸せだよ』
としか書いていないのだから。シュウは雲の上から見守ると言った。だからきっと今俺が幸せなのはわかっていると思う。
なぁ、シュウ。見ているんだろう?
お前の分まで生きて、幸せになるからな。
シュウの返事が、聞こえた気がした。
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